万八日記

初めまして、万八です。読んだ本や聞いたラジオ、旅、仕事で考えた事など、日々の感想を日記風に書かせてもらいます。皆さんが気楽に楽しめる文章を書きたいです。よろしくお願いします。

『椿山課長の七日間』を聞いています!

浅田次郎著『椿山課長の七日間をオーディオブックで聞いています。

 

46歳で脳溢血のため突然、過労死してしまった百貨店のバイヤーを務める課長・椿山和昭

仕事熱心な彼は、壮年で突然死んでしまうことを嘆き、現世に強い未練を残していました。
あの世にある奇妙なお役所で、椿山は現世での未練を懇々と訴え、現世への「逆送」を願い出ます。

youtu.be

そして椿山は、正体を明かさないことを条件に初七日が終わるまでの間、現世に逆送されるのでした。

死ぬ直前に46歳だった椿山は、30代の美女(和山椿)となって現世に逆送されます。

 

そこで知ることになる椿山亡き後の家族の生活、友人やかつての恋人の想い、そして百貨店の売上。

また、椿山以外にも現世への逆送を申し込んだ様々な人たち。

彼らはどんな未練があり、現世へ戻ったとしたら、一体どうなるのか。

 

笑いと怒りと感動と、様々な感情が交錯して、魅力的な作品に仕上がっているように思いました。

先週くらいからオーディオブックで聞いていて、今日は帰宅時間が遅くなったので、

ラジオを聞かずに2倍速で聞いて帰っていました。

途中で聞いた「献杯」の章はとても感動的でした。

pages.audiobook.jp

元々は「朝日新聞」の連載小説として2001年7月2日から2002年4月16日にかけて連載されていたとのことです。

こういう作品が毎朝掲載されていたら、笑えて泣けて、しんみりするから、健康的な朝を迎えられそうですね。

eiga.com

2003年には舞台化、2006年には映画化、2009年にはテレビドラマ化され、

2016年には韓国でテレビドラマ化された、ということですから、

長きに渡って人気を得ていた作品です。

 

是非、ご一読または一聴を勧めます。

椿山課長の七日間 - Wikipedia

椿山課長の七日間 (朝日文庫)

椿山課長の七日間 (朝日文庫)

 

 あなたの人生の主人公はあなた。
今日も素晴らしい一日でしたね。
明日も素晴らしい一日を過ごしましょう。

お互い、頑張りましょうね。
では、また。

「ジョニー・イングリッシュ アナログの逆襲」を観ました

11月9日に公開された映画「ジョニー・イングリッシュ アナログの逆襲」を観てきました。

久しぶりに映画を観ながら、ゲラゲラ笑えましたよ。

 

舞台の始まりは現代のロンドン。

イギリス政府がサイバー攻撃を受け、イギリスの秘密情報部MI7の

現役スパイ全員の情報が漏洩してしまいます。

そんな事態を解決するために、田舎で子どもたちにスパイの教育をする

先生となっていたジョニー・イングリッシュ(ローワン・アトキンソンさん)

最後の頼みの綱として呼び出されるのでした。

johnnyenglish.jp

しかしジョニーは、スマートフォンタブレットのような最新の電子機器は使えず、

車も電気自動車ではなくて燃費が悪いレトロカーを好んで乗り回します。

そんなアナログなジョニーが、サイバー攻撃を図る最先端のデジタル技術犯罪にどう挑むのか、

ヨーロッパだけではなく、全世界を巻き込んだ挑戦が行われます。

 

まず、ジョニーは犯人を探るため、相棒のボフ(ベン・ミラーさん)とフランスへ行きます。

そこで知るジョニーの情けなさと滑稽さ。


ホテルのシェフに扮装しても、恰好ばかり付けたがり、ミッションを果たすのはボフ。

ジョニーが魅せるのは運転技術だけ、という感じです。

でも、そんなジョニーの頼りない行動がとにかく笑わせます。

あまりにもハチャメチャなので、ストーリーとしては出来過ぎている感があるのですが、

それは英国的ユーモアと大らかさで許容するとして、個人的には結構好きな作品です。

youtu.be


ジョニーが破天荒な行動をしながらも、結果的になぜか良い方向へ行く、

というのもストーリーのバカバカしさと面白さです。

社会的不適合者のように見なされても、友人のボフに励まされ、助けられる、

という内容も興味深いですね。

 

英国のメイ首相を模した女性首相が登場し、感情を露わにして部下を叱責する姿も

現実的なようであり、滑稽さもあります。

それでいて、どこか同情的な姿勢も見受けられて、良い国なのかな、

という気分にさせてくれます。

 

アナログの逆襲、という副題も現代を反映しているようで面白いと思います。

 

あなたの人生の主人公はあなた。
今日も素晴らしい一日でしたね。
明日も素晴らしい一日を過ごしましょう。

お互い、頑張りましょうね。
では、また。

クイーンを描いた「ボヘミアン・ラプソディー」を観てきました。

11月10日に、ロックバンドのクイーンを描いた

ボヘミアン・ラプソディの映画を観てきました。

www.foxmovies-jp.com

 

当時の世界中を魅了した、と言われる伝説のロックバンド「クイーン」
そのリード・ヴォーカルであるフレディ・マーキュリーに焦点を当てて、

彼とクイーンの活動で起こっていた光と影に迫った映画です。

youtu.be


世間の常識を打ち破る革新的な音楽を常に追求していたクイーン。
今でも語り続けられるというパフォーマンスを披露した彼らの活躍の裏に、

どんなストーリーがあったのか、ゾロアスター教でもあるフレディの家庭との確執や

フレディがゲイであることにも迫りつつ、映画は進みます。

 

クイーンの活動におけるハイライトの1つは

1985年に開催されたチャリティーコンサート「ライブ・エイドへの参加。

アフリカ難民救済のために催されたこのコンサートは、

ボン・ジョヴィジミ・ヘンドリクスザ・フー錚々たる顔ぶれのアーティストが集結、

クイーンもそれに加わりました。


しかし、そこへ至るまでのマーキュリーの心の葛藤と、クイーンメンバーとの確執…。

当時、クイーンは解散目前とまで言われていましたが、

参加アーティストの中でベストとも称されるパフォーマンスを見せ、復活を遂げたのでした。

フレディ・マーキュリー - Wikipedia

 

1991年11月24日夜に、フレディは45歳という若さで死去しました。
死因は、エイズによる気管支肺炎と言われます。
クイーンはその後、活動を休止しますが、

残ったメンバーはフレディ・マーキュリー追悼コンサート等の活動を続け、

クイーンは2001年にロックの殿堂入りを果たしました。


フレディの死が、クイーンの人気をさらに高めたとも言われます。

 

フレディ及びクイーンの成功の裏にあった光と影、

すべてがマーキュリーを起点に描かれているため、詳細な考証は省かれていますが、ス

トーリーとしては面白くなっています。


この4人でなければ成し得なかった音楽の魅力に迫ることが出来ます。

映画終了後、映画館の会場から、拍手が有りました。
最後まで息つかせない展開と音楽の感動に思わず手を叩いたのだと思います。
そんな点から考えると、良策なのだと思います。

 

あなたの人生の主人公はあなた。
今日も素晴らしい一日でしたね。
明日も素晴らしい一日を過ごしましょう。

 

お互い、頑張りましょうね。
では、また。

三木谷浩史氏に学ぶ

何を書いて良いかわからないまま、ただ書くのは好きなので、気ままに書いてます。

私はNews Picksを購読しているのですが、その中で非常に示唆深い記事があったので、ご紹介します。

日本のインターネット企業グリー株式会社田中良和CEOがインタビューに答えている記事です。
題して、「三木谷さんの「答え」に感激して楽天に転職」

newspicks.com

ここで田中CEOは、大学を卒業して就職活動をし、

1999年にインターネットサービスプロバイダーの「So-netソネット)」に入社するのですが、

違和感を感じて退職。

その後、友人に当時楽天を設立していた三木谷浩史 を紹介してもらい、

3人で食事をします。
そこで、田中CEOは三木谷氏に質問します。

なんで自ら起業してこの会社をやっているんですか?

それに三木谷氏は回答します。

世の中には、日本はこうあるべきだとか、こういう『あるべき論』を語る人がすごく多い。
だけど、今日本に必要なのは、あるべき論を語る人間ではなくて、実例を生み出して、こういうふうにしたほうがいいんじゃないですかと提示できる人間だ。
だから私はこの会社を起こして実例を示そうとしている──。

そんな内容だったそうです。

 

その言葉を聞いて、田中氏は楽天への扉を開いたわけですが、私も本当に関心しました。

 

私の会社でも、「あるべき論」を語る人、多いんです。

これはこの部署がやるべき、この役職の人が考えるべきことではない、…。なんて。

失礼ですが、バカバカしいな…と思うくらい。

でも、そんな思いを抱くのもバカバカしい。

だったら自分で変えればいい。

会社なんて辞めればいい、ということですね。

反省…。

問題児 三木谷浩史の育ち方

問題児 三木谷浩史の育ち方

 

まだ退職しないのであれば、今の場所で努力するしかない、という気持ちにしてくれました。
偶然見かけた記事ですが、めぐり合った、という感じ。
大切にしたい言葉です。

 

あなたの人生の主人公はあなた。
今日も素晴らしい一日でしたね。
明日も素晴らしい一日を過ごしましょう。

お互い、頑張りましょうね。
では、また。

植松努氏の講演を拝聴してきました

ブログの方向性が分からずに、更新できていない状況なのですが、
活字と共に生きているので、何か書かないという思いが強いため、書きます。
 
本日は平時にも関わらず会社を早めに切り上げ、株式会社植松電機の社長植松努さん
ご講演を拝聴してきました。
この会社、皆さんご存知でしょうか。
 
私はご著書を読ませて頂いていたので、存じておりました。
TEDにも出演され、聴衆を感動させていたので、ご存知の方も多いと思います。
 
今日は会社からタクシーを使って、開催会場まで向かい自腹で4,500円払ったくらい、
聞きたい演者であり、内容だったのです。
 
植松電機は北海道赤平市にある総勢20名の会社でありながら、
ロケットや人工衛星を作り、無重力状態を地上で作り出せる実験施設を有している、
という非常に高度な技術を持つ魅力的かつ異色な会社です。
なお、無重力を作る実験施設は、ここの他に、
ドイツの研究所とアメリカのNASAにしかありません。
 
植松社長は短文かつ散文的に語られますが、言葉に勢いとユーモアがあり、
聞き入ってしまう口調であり、感動的な内容も含んでいます。
 
ご講演の中で、啓発されたお言葉を幾つかご紹介します。
 
・「どーせ無理」は「だったらこうしてみたら?」と言う
・人間は必ず失敗する。でも、失敗はデータ。乗り越えたら力になる
・「失敗したらどうするの?」という意見に負けてはいけない
・素直、勤勉、真面目だけではロボットに負ける
・自分の夢はどんどん話そう
・すべての人に凄い可能性がある
・思うは招く
 
ご著書にもこうした言葉はエピソードと共に詳しく書かれているので、
興味がある方は是非、ご覧ください。

 

youtu.be

 

自己責任論について(5)

前回までで、私はいくつかの資料を参考にさせて頂き、自己責任について考えてきました。

 

ここまで考えてきた結論を書くと、私は、安田純平さんがシリアで3年間拘束され、最近になって解放されたに対して、「自己責任」である、という発言には賛成できません

 

それは、シリアという一国家に一個人が捕まった、という事実を鑑みると、

個人、あるいは1人の日本人がそこから救出されるためには、

何らかの国際政治的判断や取引、交渉が行われるべきであり、

それをたった1人が責任として背負うというのは重過ぎると考えるからです。

 

シリア国家との取引や交渉は、日本国という国が対等な立場で行うべきことであり、

それは日本国が国民を根源的に平和的な生活ができるように、

それは日本国憲法第25条第1項の生存権で規程しているように、

「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と考えるからです。

 

例えば、北朝鮮に拉致された被害者の方を、

一人で歩いていたから、とか、夜遅くに出歩いていたからだ、

と批判することは正しいのでしょうか。

彼らが北朝鮮工作員に拉致されたことは「自己責任」なのでしょうか。

それは拉致された1つの理由ではあるでしょうが、

根本的には国家という巨大な力を使って個人を拉致した国が間違った行為をした、

と言われるのではないでしょうか。

 

今回の安田純平さんについても、危険区域に自分の判断で乗り込んでいった、

という1つの理由を取り上げて、「自己責任」だ、という発言は間違っていると考えています。

(ただし、これまた、世間の一部で騒がれているように、

自作自演であるのかどうかについてはここでは検討していません)

 

だから、安田純平さんは迷惑や心配をかけた方々に謝るべきであり、

今回の軽率だった行動を真摯に反省するべきでしょう。

とはいえ、誰にでも謝れ、という姿勢は違うと思っています。

その辺りについては考察したらキリがないので今日はそこまで進めません。

 

今日はとりあえず、安田純平さんについて騒がれがちだった「自己責任」について、検討したのみです。

 

上記を考えていて、本当は様々な事象が複雑に絡み合った個別の事例なのに、

統一した言語でラベルを貼って、臆断してしまう傾向は、右派左派、右翼左翼、

と勝手に人にタイプ分けする現代の風潮に似てしまってはいないでしょうか、

ということも思いました。

 

本当は、タイプ分けされた中身を解きほぐすべきであり、

非常に思弁的な哲学的・倫理的・歴史的・政治的・経済的等々の考察が必要なのであるはず。


それを怠ってのラベル貼り、というのは私はあまり感心しません。

亡くなった評論家の大宅壮一は、もはや大学は雨後の筍の如くに生え、

駅弁大学となり、そこを出た大学生はテレビを見て一億総ハクチ化になると言いました。


それもラベル貼りの一種ですが、

考える力、熟考する力、というのが無くなっているかのような、

そうした事態が来ているのではないかとも思うのです。

 

つまり、あまりにも早く情報が手に入るために、

現象の一部を見て、物事を判断しがちな傾向が強くないか。

 

私たちは福澤諭吉が言ったような意味で「一身独立して…」いるのでしょうか。

個人で世界に向かい合うだけの力を持っているのでしょうか。

 

私が危惧するのは、我々があまりにも個人的になり、物事を臆断するために、

その臆断同士で協力して絡み合い、何かの行動を起こすものの、

結局の処、根っこでは繋がりあっていないために、

肝心な時に協力関係が崩れることとなり、何も成し得ずに終わってしまうことです。


あまりにも頼りない個人が多くなり、彼らはSNSの声は大きいけれども結局の処、

経済も政治も社会も変えられないから、ただの発言だけが世論を形成することになる。


福澤諭吉が述べた独立した個人とは、確固とした一個の個人であり、

彼は別の個人と協調し、協力する関係が築けるものです。

肝心な時の集団行動が出来ないような人たちに、どれだけのエネルギーがあるものなのか、


例えばべ平連のような動きが、こんな浅はかな知性しかない現代の我々に取れるのだろうか、

そんな危惧を抱いています。

 

安田純平さんに対する「自己責任論」の問題はこんなところなのかなぁ。

これで良いのか、悪いのか、わかりませんが、次は、国家について考えてみたいです。

これはもっと重い問題でしょうけれどね。政治や憲法三権分立、軍隊とか、

色々な話になりそうです。

現在、放送中のNHK大河ドラマ西郷どんでも、ようやく日本という1個の国が出来つつあるところですからね。

 

あなたの人生の主人公はあなた。
今日も素晴らしい一日でしたね。
明日も素晴らしい一日を過ごしましょう。

お互い、頑張りましょうね。
では、また。

自己責任論について(4)

世論の流行の早さに気づいています。


ブログの中でじっくり考究したかった「自己責任論」なんて、

もう目にしなくなってしまいました。

「自己責任論」という言葉自体がもの凄い加速度で逃げていったように感じます。

 

今後は社会的に発生した問題を考える、という姿勢でも、

2,3日で結論を出さないといけないのですね。


また、以下のこともわかったことかな。


・日本社会は驚くほど関心が移ろいやすい。
・TVのマスコミやツイッターの情報が、現代の情報の先端を作っている。

 

とは言え、結論が出ていない問題について、

擱筆(かくひつ)するのは残念ですから、しばらく考えたいと思います。


ただし、他に流行的な問題が出れば、それを追います。
例えば、渋谷のハロウィーンについて、韓国最高裁で賠償命令が出た元徴用工の問題について、「ブラジルのトランプ」氏が当選したことについて、等々。

 

さて、「自己責任」の反対語は「連帯責任」である、とwikipediaに書かれていました。

それを知ってか知らずか、

10月31日の朝日新聞オピニオン欄に「連帯責任を考える」というインタビュー記事が掲載されていました。

 

この中で、例えば元陸上選手の為末大さん

私は陸上という個人競技の世界にいたので、
連帯責任が問われるような場面に遭遇した経験はありません

 

と述べています。
逆に言えば、すべてが自己責任、という意味でしょう。
陸上選手の個人競技を専門にやる方にとって、それは一理あるな、と思いました。

 

続けて

ただ、チーム競技では、集団のために個人があると考えないと成り立ちにくいところがある。

とも。

 

こう見ていくと、責任、とは、組織や集団の中で持つものであると考えられます。

 

私は個人的に松下幸之助翁を尊敬しているのですが、
自分自身、会社生活で悩むことが多く、最近は『指導者の条件』を読んでいます。
その中で、「責任感を持つ」という項目があるので、紹介します。

指導者の条件

指導者の条件

 

ここでは、指導者が持つべき責任感について書かれているわけですが、

大将として一朝時ある時には、自分が命をかけて一身に責任をとるのだ

という心がまえの大切さは昔も今も変わりはない」

 とあります。

ここでも、組織や集団の中での責任に触れていますが、大事な視点だと思います。
一体、自己責任論、というのは組織や集団の中でも生まれ得るのかどうか。

 

ところで、これを読んで思ったのは、

ジャーナリストとは、誰のために、何に責任感を持っているものなのか、ということ。


政府?国民?世界の人々?戦争や飢餓で苦しんでいる人たち?
誰のために仕事をしているのでしょうか?
そうした点もあいまいなのかもしれませんね。
なぜ、安田純平さんはシリアへ行ったのか、なぜ行かなければならなかったのか、そうした説明もしてもらう方が、より良いのでしょう。

 

また、ここ数日は、安田純平さんの行為を、「責任」という言葉で片付けようとする姿勢が間違っているのではないか、と考えています。
今のところ、安田純平さんに向けられている「自己責任論」を端緒に、以下のような疑問が生まれてきています。

・国家とは何か、国民を守るものではないのか?
・日本国民は、「責任」概念を正しく理解しているのか?
・自己責任論、というのは組織や集団の中でも生まれ得るのか?
・ジャーナリストとは誰のための仕事なのか?

 

さて、これからどうするのか。。。
こんな感じで、様々な著作を追いながら、気になる課題について考究していく、という姿勢になるのかな。

 

まだ進め方については不明ですが、今年中には自分の強みにフォーカスした内容が記述できるようになると良いな、と思っています。

 

あなたの人生の主人公はあなた。
今日も素晴らしい一日でしたね。
明日も素晴らしい一日を過ごしましょう。

お互い、頑張りましょうね。
では、また。