いわゆる「自己責任論」について
安田純平さんがシリアから解放されました。
どういう事情で解放されたのか、まだ詳細に調べられていないので語れませんが、「自己責任論」について、意見が錯綜しています。
そこで、私もこの「自己責任論」について考えてみました。
ただ、私の立場は依然、考え中です。。。
ツイッターでは特にこの自己責任論について騒がれているように感じます。
元々は、テレビ番組のコメンテーターさんが述べていたことに端を発するようですが…。
例えば、
ただ、彼らの意見をどこまで真剣に取り上げるべきなのか、まず悩みます。
意見を言いたいだけなのか、聞く耳を持つのか、この問題を課題として考えていて、本気で解決したいのか、そういったことが無いと、取り組むだけ意味が無いのでは、ということも考えてしまいますよね。
私自身は、各自が主張する「自己責任」の「自己」がどこまで指しているのかわからないために、問題を精査しないといけないのでは、という立場です。
まず、税金が使われたのであるならば、それは経済的に望ましくないでしょう。
仮に3億円が支払われたのであれば、安田氏が3億円以上の付加価値を生まなければ、投資価値がないわけです。
でも、大変失礼ながら、安田作品に少なくとも今まではそれだけの価値は現在まで見いだされてきていなかったハズ。
よって、この投資があったとすれば、無駄遣いです。
けれど、人命が救われた、という点では掛け買いのない命なので、金銭とは比較できません。
(続く)
今までと違う文章の書き方なので、どのように続けるべきか、悩み中です。
2018年6月から、フェイスブックで時事問題について調べて述べ、2018年10月からツイッターを始めました。
フェイスブックとの差別化をどうするべきか、これも悩み中。